2009年12月22日 (火)

394_宝物

 歴史が好きなので、今日は、徳川家康の話を・・・
関が原の合戦に勝ち、江戸幕府を開いたのは徳川家康です。関が原の合戦に勝てたのは、徳川家康の人望の厚さであったと言われています。

 豊臣秀吉が関白だったころの話です、秀吉は諸大名を集め、自分の持つ宝物を自慢し、家康にどんな宝物を持っているかと尋ねました。徳川家康はこう答えました。

 私は、田舎の生まれですので、珍品と呼べるようなものは持っていません。しかし、私が頼りにしている武士が500騎ほど配下にいます。私にとって一番の宝は、彼らです。

 それを聞いた秀吉は、自分もそんな宝が欲しいと答えました。

 そんな家康の故郷である愛知県で洪水が発生しました。川に架かっていた橋が流されてしまいました。家康は、すぐに新しい橋をかけるように、部下に命令しました。しかし、部下は、橋を架けずにおけば、他国の兵を防ぐことが出来ると反論しまいた。その意見に家康はこう答えました。

 住民達にとって橋は必要なものだ、それに他国の兵を防ぐために、私が川を頼る必要はない、お前達を頼ればいいのだ

 これを聞いた部下達は、感動し、すぐに橋をかけました。

家康と部下には信頼という壊れることのない橋が架かっていたのですね♪

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2009年12月21日 (月)

393_誰?

 今日は、「あなたは誰ですか?」という手話について書きたいと思います。
 現在、日本で使われている手話の一つは、視覚や聴覚に障害がある子供達のために設立された京都聾唖院で生まれました。
 この学校の生徒達は、家族や周りの人達とコミュニケーションをとるために、様々な表現方法を自然に身につけていました。耳の聞こえない子は身振り手振りで、目の見えない子は触れることなどで、自分の気持ちを伝え、相手のことを知ろうとしていました。それが、次第に統一されていき、手話の原形になっていったとされています。
 その原形となった手話の一つに、「あなたは誰ですか?」という手話があります。皆さん、ご存知かも知れませんが、この手話は、手の甲を使って、相手の頬を2、3回さすります。
 何故、手のひらではなく、手の甲か?
 目の見えない子供達は、いろいろなものを手のひらで触って確認をしていました。このため手が汚れることが多く、相手のことを知ろう手のひらで触ってしまうと、その人の顔を汚してしまいます。
 このため、、「あなたは誰ですか?」という手話は、手のひらではなく、手の甲を使って表現することになりました。
 相手を思いやる優しい気持ちが、この手話には込められているんですね

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2009年12月20日 (日)

392_テーブルマナー(その2)

363_テーブルマナー

世の中には、いろいろなテーブルマナーがありますね。
今日は、私の好きなテーブルマナーの話を・・・(^^)

 昔、アフリカの王族がイギリスを訪れた。イギリスの女王は、これを歓迎し、晩餐会に招いた。しかし、その王族は、未開地地域に住んでいたため、テーブルマナーを一切知らなかった。テーブル上に置かれたフィンガーボールを見ても、食事中に手が汚れた時に指先を洗うための水だとは考えられなかった。そのため、アフリカの王族は、それを飲み水だと思って飲んでしまった。
 格式を重んじるイギリスの王族の晩餐会であったらめ、周りの人達は、その様子におどろいた。心の中であきれたり、あざ笑ったりする人達もいた。そして、女王が間違いを指摘し、マナーを教えてあげるものだと思っていた。
 しかし、女王はそれをしなかった。なんと、アフリカの王族と一緒になって、フィンガーボールの水を飲みだしたのである。それは、アフリカの王族が恥をかかないようにという女王の配慮であった。

 391_いたずら

のように、相手を思いやる気持ちがある人だからこそ、こういうことが出来るんでしょうね(^^)

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2009年12月19日 (土)

391_いたずら

 江戸幕府の14代将軍・徳川家茂は、生まれつき病弱な身でありながら13歳で将軍に着任した。彼は、良い将軍であると文武両道に努め、多くの幕臣から厚い信頼を得ていた。
 書の名人として知られていた幕臣の一人に、戸川播麿守安清がおり、彼が家茂に書道を教えていた時のことである。
 家茂はとてもよい生徒で、まじめに練習をしていた。しかし、彼は、ある日、突然、書道で使っていた硯(すずり)の水を、安清の白髪頭にかけて、手を叩いて笑い出した。同席していた側近達は、将軍らしくないことをしたものだと嘆いた。そして、安清も泣き出してしまった。その様子を見て、側近達は、安清は、自分に対する振る舞いを情けなく思って泣いているのだと思った。そして、しばらくしてから、安清は側近達に打ち明けた。

 自分は歳をとってしまったために、ふとしたはずみで失禁してしまったのだ。将軍様の前で失禁など、厳罰は逃れられぬ失態。しかし、将軍様は、私に水をかけて、失禁を隠してくださった。そんな配慮をしてくださる優しさが嬉しくて泣いたのだ。

 こんな優しい将軍だったからこそ、勝海舟らの驀進からも、厚い信頼を得ていたんですね(^^)

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390_ありえない

アリスは笑いながら言いました。

そんなのやるだけ無駄だわ!
ありえないことなんて信じられないもの!!

すると女王様は言いました

そりゃ、お前が練習していないからだよ
私は、お前の年頃には、日に二十分間は練習したものだわ
ええ、時には、朝食の前には、六つもありえないことを信じたくらいよ

By ルイス・キャロル 不思議な国のアリス

そうそう、ありえないなんて言ってはいけない。
さて・・・リハビリ、リハビリ♪(^^)

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2009年12月18日 (金)

389_本当の勇気

 ほとんど回復の見込みがない難病のかかった女の子がいました。
 女の子が助かるための。たった一つの方法は5歳の弟に血を分けてもらうことでした。その弟も、同じ病気にかかっていましたが、奇跡的に助かり免疫が出来ていました。
 そこで、医者は、小さな弟に、このことを説明して、お姉さんに血を分けてあげられるか聞きました。弟は、ほんの数秒迷っていましたが、大きく息を吸い込んで言いました

うん、いいよ。
ぼくの血で、お姉ちゃんが助かるんだもん


輸血は、順調に進み、お姉さんの頬は、だんだんとピンク色に染まってきました。姉の横に寝ていた弟は、それを見てにっこりと笑いました。医者や看護婦達もつられて笑いました。
 ところが、しばらくすると、弟の顔は、青ざめ微笑みが消えてしまいました。弟は震えた声で医者に聞きました。

ぼくは、もうすぐ死ぬの?

まだ、幼くて、医者の説明が理解出来なかったのです。
弟は、お姉さんを助けるためには、自分の血を一滴残らずあげなければいけないと思い込んでいたのです。


この話はスタンフォード大学病院での話です。
5歳の男の子には大変勇気のいることだったことでしょう。
本当の勇気について考えさせられました。

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2009年12月17日 (木)

388_クリスマス

クリスマスの出来事です。

 ポールは兄さんからクリスマスに新車をプレゼントしてもらいました。ポールがオフィスから出てくると、街でよく見かける少年が、そのピカピカの新車の周りを歩き回っていました。よほど、その車が気に入ったらしく、少年はポールに話しかけてきました。

少年「この車は、おじさんのかい?」
ポール「ああ、兄貴からのクリスマスプレゼントさ」

少年は、それを聞いて、ひどく驚きました。

少年「えっ!?おじさんの兄さんがくれたって!?おじさんは全然お金を払わなくて良かったの!?うわぁ!凄いなぁ!ぼく・・・」

少年は何かを言いかけましたが、そのまま口をつぐんでしまいました。
ポールは、少年が、
ぼくにも、こんな兄さんがいたらな
と言いたかったのだろうと思いましたが、少年の口から出た言葉に耳を疑いました。

「ぼく・・・おじさんの兄さんみたいになりたいなって思ったんだ」

ポールは、少年の顔をまじまじと見つめて言いました。

「この車に乗ってみるかい?」

少年を喜んで言いました。

「本当に!?うん!!」

車を走らせてまもなく、少年の目はキラキラと輝き始め、言いました。

「おじさん、ぼくの家の前まで乗せてくれる?」

ポールは思わず、ニヤっとしました。

きっと、こんな大きな車で帰ってくるところを近所の人達に見せて自慢したいんだなと思いました。しかし、その憶測は、またも外れました。

「あそこに階段がついている家があるでしょう?
 そこで、ちょっと待っててくれる?」

少年は車を降り、駆け足で家に入ってきました。
しばらくすると家の中から、ゆっくりとした足音が聞こえてきました。
少年は身体の不自由な弟を背負って出てきたのです。弟を階段の一番舌に座らせて、車がよく見えるように弟の体を支えました。

「ほら、バディー、見てごらん。
 さっき言ったとおり、凄い車でしょう?
 そこにいるおじさんの兄さんがクリスマスプレゼントにくれたんだって。
 それも、まるっきりタダでくれたんだって。
 お前も待ってなよ!
 兄ちゃんが、いつかきっとあんな車をお前に買ってやるからね
 そうしたら、いつも話しているクリスマスの綺麗な飾りを、
 その車に乗って見に行こうね!
 」
 
 それを聞いたポール何も言わずに車を降りると、少年の弟を抱き上げ、新車の助手席に座らせました。目をキラキラ輝かせた少年も、その横に乗り込むと、三人はドライブに出かけました。本当に素晴らしいクリスマスのドライブになりました。


 あと、一週間でクリスマスですね!メリークリスマス!!(^▼^)

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2009年12月16日 (水)

387_かまわない

僕は小さくて、野球もフットボールもまだ出来ない。
だって八歳になってないんだもの。
それに、ママは僕が野球をはじめても速く走れないって言う。
足の手術をしたからね。
でも、僕は、ママに言ったんだ。

早く走れなくてもかまわないんだ

って。

だって、僕が球を打つとぜったいに、野球場の外に出ちゃうんだから・・・。
走る必要がないんだ。
あとは、歩いてホームインするんだ!

リハビリ中に読んで元気が出た話です
そうそう・・・走る必要はない・・・
時間がかかっても、目的地まで、歩けばいいのだから♪(^^)

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2009年12月15日 (火)

386_嘘

 ボビーは、子供達を連れて身にゴルフに行き、入場券を買おうとした。

「入場料は幾らかい?」

ボビーがチケット売り場に聞くと

「大人が3ドルで、7歳以上の子供も3ドル、六歳まではタダだよ。子供達は何歳だい?」

と若い男が答えた。

ボビーは

「えっと・・・こっちの将来の弁護士が3歳で、あちらにいる将来のドクターが7歳だから、私も入れて合計6ドルだな」

と言った。

すると

「お客さん、ずいぶん景気がいいじゃないか、宝くじでも当てたのかい?
うまくやれば3ドル節約出来たのに・・・
上の息子さんが6歳だと言っておけば、俺にはわかりゃしなかったのによ」

と、その男が言った。

「確かに君のおっしゃる通りかも知れない。
 だがね、私の息子達は、自分が何歳なのか知っているんだよ。
 しかも、嘘と本当の違いもわかっている」

テレビで年末ジャンボが宣伝しており、ふと、この話を思い出しました。
 世の中不景気であり、人間同士の信頼がくずれかけている現代だからこそ、職場や家庭だけでなく、何処にいても、どんな時でも、自分が率先してよい模範を示すことが、一層求められているのではないのでしょうか(^^)

 ラルフ・ウォルド・エマーソンはこんなことを言っています。
 口では何を言っても、本心を隠すことは出来ません。
 どうしてもまわりに伝わってしまうものですから

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2009年12月14日 (月)

385_宣誓

 フランク・ズィマンスキーは、1940年代にノートルダム大在学中からセンターとして大活躍したアメリカンフットボールの選手であり、その彼がサウスペンドで開かれた民事訴訟の公判に、証人として呼ばれた。

裁判長「君は、今年のノートルダム大学チームの選抜選手だね?」
フランク「はい、その通りです、裁判長」
裁判長「ポジションは?」
フランク「センターです、裁判長」
裁判長「君のセンターとしての評価は、どんなものかね?」

 フランクは証人席で決まり悪そうにしていたが、やがてはっきりした口調で述べた。

フランク「裁判長、自分はノートルダム大学始まって以来の、最高のセンターであります」

 それを聞いてびっくりしたのは、裁判所で事の成り行きを見守っていたコーチだった。いつも控えめで慎み深いフランクが、どうしてそんな大胆な答えをしたのかわからなかった。
 コーチは、公判が終了すると、早速、フランクにその理由を尋ねた。すると、フランクは顔を真っ赤にして答えた。

フランク「コーチ、本当は、あんなこと言うのは、嫌だったんだよ、でも、仕方が無かったんだ、だって、僕は、真実だけを述べ、嘘はつきませんと宣誓してたから・・・」

私のお気に入りのフランク・ズィマンスキーの実話です。(^^)
 人は、人に受け入れてもらえば気持ちがいい。逆に人に拒絶されると傷つく。しかし、考えてみると、人に受け入られることよりも、自分で自分を受け入れることのほうがはるかに大切でまた気分がいい。逆に自分で自分を拒絶すると、それが悩みの原点になる。そこから様々な不快な気分が生じてくる。吃音も同じように考えています(^^)

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2009年12月13日 (日)

384_鍵

小さな村の家に母親と娘が暮らしていました。
母親は日が暮れると泥棒が来るかもと鍵をしっかり閉める人でした。
娘は母親のように田舎で埋もれてしまう生活に我慢できなくなり、ある日

お母さんへ
親不孝な娘のことはどうか忘れてください


と手紙を残して都会に行ってしまいました。

しかし、都会での生活は厳しくて、なかなか娘の思うようには行きませんでした。そして、10年後、都会の生活に疲れた娘は、田舎に帰ってお母さんに会いたくなり、故郷に向かいました。

10年ぶりの故郷でしたが、家は昔のままでした。
辺りはすっかり暗くなっていましたが、窓の隙間からはかすかな光がもれていました。ずいぶん迷ったあげくに、娘はようやく戸口を叩きました。しかし、返事はありませんでした。

思わず取手にてをかけると扉の鍵が開き、部屋に上がってみるとやせ衰えた母親が床の上に一人で寝ていました。娘は、母親の寝顔の横にうずくまると肩を震わせて泣きました。その気配で気づいた母親は何も言わずに娘を抱きしめました。

しばらくたって、娘は母親に

今夜はどうして鍵をかけなかったの?
誰か入ってきたらどうするの!?


と尋ねました。
母親は優しい笑顔で、

今夜だけじゃないよ。
もし、お前が夜中に帰ってきたとき、鍵がかかっていたら
何処かに行ってしまうんじゃないか。
そう思って、この10年間ずっと鍵をかけられなかった。

と答えました。
その夜、母娘は10年前に時を戻し、鍵をきっちりかけ寄り添いながら、ゆっくり眠りにつきました。


この話を読んで、ふと、昔を思い出した。
小さい頃、どもりの真似をされて、よく泣きながら帰った。
もう、学校には行きたくないと、両親に何度もあたった。
ある日、そんな自分が嫌になり、家を飛び出したことがあった。
しかし、行く場所がなく、結局、夜遅くに、自宅に戻った。
自宅では、両親は、ご飯を食べずに待っていた。
嬉しいやら、悲しいやら、なんだかよくわからず、
泣きながらご飯を食べた記憶がある。

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2009年12月12日 (土)

383_プレゼント

小学生の女の子は、クラスの子の誕生日会に行くのを迷っていました。
女の子は、お母さんに

皆に嫌われている女の子から誕生日会に誘われたの。
本当は行きたくないんだけど、行かなくてもいいかな?

と相談しました。

お母さんは

絶対に行きなさい

と言って、クッキーを焼いて女の子に持たせました。

誕生日会に着きました。
テーブルには沢山のコップやお菓子が用意されていましたが、
まだ誰も来ていませんでした。
しばらく、誕生日の子と二人で話してまっていたのですが
時間になっても誰も来ません。
その後、30分過ぎても誰も来ませんでした。
誕生日の子は泣きそうな顔をしています。

その時、女の子が誕生日の子に言いました。

二人だけだったらケーキもお菓子も食べ放題だよ

二人は笑いながら夢中になって、ケーキやお菓子を食べ始めました。
家に帰ってきた女の子がお母さんに

誕生日会、私、一人しか来なかったんだよ
でも、本当に楽しかった。
一緒に遊んだら、とても良い子だったよ

と話しました。
お母さんは

最高の誕生日プレゼントを渡せて良かったね

と言って、その子を抱きしめました。

どんなプレゼント(贈り物)よりも、誰かが一緒にいてくれるだけで幸せな気分になれる時がある。人は一人で生きられないし、誰かが自分を必要としてくれるから生きられるのだと思う。一人ではなくて、一緒にいてくれる人がいる幸せを忘れないようにしたい。今年のバースデーケーキは、病室で妻と一緒に食べることが出来た。最高のプレゼント(存在する)だった(^^)

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2009年12月11日 (金)

382_白い運動靴

 結婚式の決まった娘のお父さんは義足をつけていました。
でも、娘の結婚式では、娘の手をとって式場に入りたいと思い歩行練習を始めました。
 しかし、娘は、そんなお父さんの姿を婚約者に見せるのが嫌でした。結婚式が近づくと、お父さんの練習は更に熱心になって、どこからか白い運動靴を手に入れて歩行練習をしていました。

 娘は、お父さんの気持ちは理解出来るのですが、

「結婚式でお父さんが転んだらどうしよう?
 その姿を見た嫁ぎ先の家族はどう思うだろう」
 と考えて悩んでいました。

結婚式の当日、練習成果もあってお父さんと歩くことが出来たのですが、フォーマルスーツ姿の父の足元が白い運動靴なのが変に思われないかと気になって仕方ありませんでした。
 しばらくして、お父さんが危篤という連絡を受け、娘は病院に駆けつけました。お父さんは娘の手を取り

「お前は、夫を大切にしなさい。
 お父さんは結婚式で、お前の手を取って式場に入る自身は無かった。
 でも、お前の夫が毎日のように訪ねてきてくれて励ましてくれたんだ。
 転ぶと危ないからと、白い運動靴まで買ってくれたんだ。」

と話しました。
娘は胸がいっぱいになって何も言えませんでした。


 吃音にかかわらず、頑張っている人を応援する人と、馬鹿にする人がいますが、私は、応援する人になりたい。そして、人に馬鹿にされるくらい頑張れる人になりたい。

 さて、私も、白い運動靴を履いて歩行練習を頑張るぞ!
 あ・・・タイプミス・・・頑るじゃなくて、顔る!!
 辛いときこそ、れたように笑う!!
 笑っていればいいことがある!!
 うん♪ここが、念場(^^)

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381_エルトゥール号

 明治時代、公務を終えたトルコの軍船(エルトゥール号)が帰国時に嵐にあい座礁しました。トルコ人達は血だらけで、小さな村の海岸に流れ着きました。
 それに気づいた村の人達は必死に救助し、その後も、助けた人の介護を続けました。しかし、小さな貧しい村だったので、十分な食料はありませんでした。しかし、彼らは、非常食の鶏までも与えて介護を続けました。
 しばらくして、事故に気づいた明治政府は、援助の手を差し伸べ、助かった人達を無事にトルコに送ることが出来ました。

1985年、イラン・イラク戦争が勃発しました。
イラクのフセイン大統領は

今から、48時間後にイラクの上空を飛ぶ飛行機は民間機でも追撃する

という声明文を発表しました。
日本政府は急な事態に対応が遅れて、残された日本人を救援する飛行機を飛ばすことが出来ませんでした。現地の日本人は空港に集まりましたが、どの航空会社も自分の国民を乗せるだけで精一杯で、日本人が乗れる飛行機はありませんでした。
 そのとき、時間ぎりぎりにトルコの民間機が到着して、日本人を救出してくれました。外務省が問い合わせるとトルコ政府は

私達は、エルトゥール号のことは忘れていない。
だから、日本人が困っているのを知って助けにきました。

と話しました。

 トルコでは、教科書にも、エルトゥール号の話が載っているそうです(^^)
 私も、入院中、エルトゥール号のように座礁しながらも、多くの方々から、勇気や励ましを頂き、無事退院することが出来ました。
 退院後も、元気が出るような話をアップしていきたいと思いますので、宜しくお願いします(^^)

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380_退院

無事退院することが出来ました。
まだ、思うように、歩いたり、座ったりすることは出来ませんが
自宅療法にて、少しずつ、治していきたいと思います。
応援して下さった皆様、有難うございました(^^)
これからも、宜しくお願いします。

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2009年11月11日 (水)

379_ことばのかたち

ことばのかたち 
 By おりーな由子

もしも、話す言葉が目に見えたならどんなだろうと考えてみる。

例えば、美しい言葉が、話す度に花びらとなって唇から落ちるとしたら・・・。
大きくて柔らかな花びら、消え入りそうな小さな花びら。
それぞれ、どんな言葉だろう。
声によって色や大きさは変わるのだろうか。
美しいけれど棘のある薔薇のような言葉もあるのだろうか。

もしも、人を傷つける言葉が、針の形をしていて口から発射され
相手に刺さるのが本当に見えたら、言葉の使い方は変わるのだろうか。
思いもよらない言葉が、相手に刺さるのを見ることになるかもしれない。

厳しく人を傷つけるような言葉でも、
それが大切な忠告だった場合、見分けがつくとしたら、どうだろう。
例えば、木の実の形をしているとしたら・・・。
投げつけられた時は痛いけれど、拾って育てたら、実ることもある木の実。
もしも、目で見てわかったら、素直に受け取ることが出来るだろうか。

恋人がささやく愛の言葉は、どんな色と形をしているだろうか。
甘い香りの果物?薄っぺらなリボン?
虹色に光ってパチンと消えるシャボン玉?

ずるい言葉はすぐに光を失い、枯れて砂のように落ちていく
優しい真綿のような言葉が、相手をしめつけるのを見るかもしれない

言葉に形がないから、救われることについて考えてみる
形が見えたら嬉しいと思う 言葉について考えてみる
自分の話す言葉がどんな形や色をしているかを想像してみる

消えていく話し言葉の中の、心の形を見るために


どもったっていいんじゃないでしょうか
自分が伝えたい言葉なのだからいいんじゃないでしょうか
この詩が語るように、もし、言葉を形にすることが出来たら、
心から伝えたい言葉は、素敵な形をしていると思う
だから、気にせずに、臆することなく、笑顔で、自分らしく
話してもいいんじゃないでしょうか

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2009年11月10日 (火)

378_粘土の自転車

クリスマスまで2ヶ月もあるといのに、9才になる娘は自転車を欲しがった。

「今の自転車はあかちゃんぽいし、タイヤも古るくなったもの」

だが、クリスマスが近づくにつれて、その気持ちは薄らいでいくようだった。
少なくとも私たちにはそう見えたし、娘もそのことは二度と口にしなかった。

ところが、クリスマス直前になり、娘は自転車が欲しいと言い出しだ。
さて、どうしよう、クリスマスディナーの用意も済んでいない。
かろうじて、ショッピングセンターは開いているが、娘にぴったりの自転車を選んでいる暇はない。
それに、兄弟や親や友人のプレゼントのラッピングをしなけれなならない。
娘はベッドですやすや眠っている。
その可愛い寝顔を見ていたら、娘ががっかりするかもしれないと思うとしのびなく後ろめたくなった。
その時、私はいいことを思いついた。

そうだ、粘土だ!粘土で小さな自転車を作ろう、
そして、手紙を添えよう。
あとで本物の自転車に変えてあげると書いておけば喜ぶに違いない

自転車は高額な品物だし、娘はもう大きな子なのだから、自分で選ばせた方が良いと思った。
そして、私は、5時間かけて、粘土のミニュチュアの自転車を作った。
プレゼントが完成した時は、もう明け方になっていた。娘が起きてくるのはもうじきだ。

私たちは、娘がプレゼントの箱をあけるのを見守った。
娘が箱をあけて、手紙を声を出して読んだ。

娘は私の顔を見て言った。

「パパが作ってくれた自転車を、本物と取替えっこするってことなの?」

私は言った。

「そうだよ」

すると、娘は目に涙を浮かべて言った。

「パパがこんなに綺麗な自転車を作ってくれたんだもの。
 取り替えるなんて、わたしは絶対に嫌!!」

それを聞いた瞬間、私は思った。
天と地をひっくりかえしても、地球上の自転車という自転車を買ってやろう!


父親が一生懸命に作ってくれた粘土の自転車は、この子にとっては、変えることの出来ない、かけがえの無いものだったのだろう。
私が幼い頃、風邪で寝込んでいる時に、父にプラモデルを作ってくれた。
布団の中で抱きしめながら眠った記憶がある、
誰が作るからではない。
父親が作ってくれたからプラモデルだったから嬉しかったのだ。

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2009年11月 9日 (月)

377_サーカス

 私が、10代の頃、サーカスの入場券を買うために長い列を並んでいました。
父と私は長い列に並んで順番を待っていました。
ようやく、私達の前にいるのは、一家族だけになりました。
その家族は、子供が8人もいて、一番年下の子供でも、12歳位しか見えません。
あまり裕福そうではなく、着ている服も上等とは言えませんが、綺麗に洗濯されています。
そして、行儀良く手を繋いで、両親の後ろにきちんと一列に並んでいました。

 期待に胸をはずませた子供達は、ピエロや象や演技のことなどを楽しそうに話していました。
どうやら、サーカスを見るのは、これがはじめてのようです。
子供達にとって、今日は、生涯素晴らしい思い出になることでしょう。
子供達の前には、両親がとても誇らしげに立っていました。
夫の手をしっかりと握った妻は大変笑顔でした。

 売り場の女性が、入場券の枚数を尋ねました。
父親は胸を張って答えます。

「子供8人と大人2枚下さい。
これで家族にサーカスを見せてやれますよ。」

入場券の合計金額が告げられました。

 すると、妻は夫の手を離し、黙ってうつむいてしまいました。
夫のくちびるも震えていました。
売り場の窓口に身を乗り出し、彼はまた聞き返しました。

「幾らですって?」

 売り場の女性は、もう一度答えました。
その父親には、それだけのお金が無かったのです。
サーカスを見るにはお金が足りないということを後ろにいる八人の子供達にどうやってつげるというのでしょう

 ことのなりゆきを見ていた私の父は、ズボンに手を入れました。
そして、二十ドル札を取り出し、何気なく落としました。
父は身をかがめて、そのお札を取り上げ、その男の肩を軽く叩きました。

「失礼ですが、ポケットからこれが落ちましたよ」

その男は、私の父が何をしようとしているかをすぐに察しました。
彼は人からほどこしを受けるような人ではありませんでしたが、
その時は恥ずかしさと落胆から、途方にくれていたのでしょう。
その助けを心から感謝して受け取ったのです。

二十ドル札を差し出す父の手を両手で固く握り締め、
その目をじっど見つめ、くちびるは震え、頬には涙が伝わり落ちています。

「ありがとう、ありがとうございます。
 これで、助かります、子供たちにサーカスを見せてやれます」

父と私は車に戻り、そのまま家に帰りました。
その晩、私たちはサーカスを見ることは出来ませんでした。
でも、それで、良かったのです。

 子は親の背中を見て育つというけれど、この子が見た親の背中は大変素敵だったものに違いない。

 背が高かった私は、小学生の頃、よく、中学生に間違えられた。
ある日、駅の改札を通る時、駅員に止められ、

 中学生だろ、ごまかすな!大人料金を払え!

と言われたことがあった。
小学生ですと、一生懸命、話そうとしたけれど、どもって言葉にならなかった。
この歳になって、今でも、あの駅名と駅員の冷たいまなざしは覚えている。
悔しかった、この悔しさは、吃音者にしかわからないだろう。
その時は、悔しさを父にぶつけた。
父は、すぐに、そこの駅にどなりこんでいった。
悔しかったのか、悲しかったのか、嬉しかったのか、
なんとも言い表せない沢山の涙が出たが、そんな父の背中が嬉しかった。

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2009年11月 6日 (金)

376_無料

小さな息子がキッチンで夕食の支度をしていた妻のそばにきて、何か書いたものを渡した。
妻は、エプロンで手を拭いて、それを読んだ。

芝生を買った・・・5ドル
自分の部屋を掃除した・・・1ドル
お使いにいった・・・50セント
ママが出かけた時、弟の面倒をみた・・・25セント
生ごみを外に出した・・・1ドル
いい点を取った・・・5ドル
庭を掃除した・・・2ドル

合計:14ドル75セントの貸し

妻は、返事を待っている息子の顔を見た。
様々な思いが妻の脳裏をよぎっているようだった。
妻はペンを取り、その紙に、こう書いた。

10ヶ月間、私の中であなたが育つのを待って運んだのは・・・無料
いく夜も寝ずに看病して、治るのを祈ったのは・・・無料
この歳月、あなたのために辛い思いをし、涙に流したのは・・・無料
全てを足してみても、私の愛の値段は無料です。
恐れで眠れなかった夜も、味うとわかっていた心配事も・・・無料
おもちゃも、食べ物も、着るものも、あなたの鼻をかんであげたのも・・・無料
それを全部足してみても、本当の愛の値段は・・・無料です

読み終えた息子の目に、久しぶりに大粒の涙が浮かんでいた。
息子は、まっすぐに母親の目を見つめると言った。

ママ、ぼく、ママが大好き!!

そう言ってペンを取ると、大きな字で、彼はこう書いた。

ぜんがく支払い済み


病室に母が食べ物を沢山持って、見舞いにやってきた。
ヨーグルトやプリン、メロンなどの食べ物が沢山あった
まだ、子離れが出来ないのかね。と微笑む母親を見て、
俺も親離れ出来ていないな・・・とはにかみながら、それらを食べてみた。
なんと、美味しいのだろう、熱いものが、ぐっと込み上げ、涙が出そうになった。

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2009年11月 5日 (木)

375_天国と地獄

一人の男が、天国と地獄について神様と話をしていた。
神様は、男にこう言った。

こちらについて来るが良い、地獄を見せよう

二人が最初に入っていった部屋には、人間達が煮物の入った大きな鍋を囲んで座っていた。
全員、酷く腹をすかせ、生きる望みもすっかりなくしていた。
皆、箸を鍋に入れては煮物を口を運ぶが、箸が腕よりも長くて口には届かなかった。
その姿は、大変酷いものであった。

神様は、次に、男にこう言った。

さぁ、今度は天国を見せよう

二人が次に入っていったのは、先ほどと全く同じ部屋だった。
煮物の入った鍋と長い箸があり、人間達がいた。
ところが、この部屋の人達はお腹も十分に満たされていて
その姿は、大変幸せに輝いていた。

その男は、神様に尋ねた

どうしてなのしょう?私にはわかりません。
何故、ここにいる人達は、こんなに幸せそうな顔をしていて、
さっきの人達は、あんなに酷い顔だったのでしょうか
条件は全く同じだというのに!?

神様は、男にこう言った。

それはとても簡単なことだ。
ここにいる者達は、お互いに食べさせることを学んだのだ。
それだけの違いなのだ。

それだけの違いと神様は言うけれど、それだけの違いを、すぐに忘れてしまう自分が恥ずかしい。
長い箸のように、自分が幸せを得るよりも、その幸せを誰かに与えられるような心の大きな人間になりたい。
自分が幸せを得て微笑むよりも、誰かに幸せを与えて、微笑みかけられたらどんなに幸せなことだろう。
まして、その人に知られずに、さりげなく、与えることが出来たらどんなに気分が良いことだろう。
天国と地獄、それは、自分次第であり、自分の人生においても同じことが言えるだろう。

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