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2008年10月14日 (火)

123_特別扱い

私は、小学校の頃、どもりが酷く、国語の本が読めませんでした。

小学校の先生は、私が国語の本を読めないことを知っていました。
いじめにあわないよう、人に笑われないように、私を指名することはありませんでした。
当時の私は、吃音者として、特別扱いされており、安心している反面、
悔しい思いをしている複雑な自分がいました。

小学校では、塾に通っていました。
自分から希望して塾に通いました。
学力だけは絶対に負けたくなかったから。
どもりを馬鹿にして、笑った連中に負けたくなかったから。

塾には、小学校と同じ人数(2~30人ほど)の子供がいました。
塾では、算数、理科、社会、そして、国語もありました。
塾の国語では、漢字や四字熟語を勉強しました。
塾の国語の先生は、私がどもることを知っていました。

塾の国語の先生は、私を特別扱いしませんでした
周りと同じように国語の教科書を読むように指示しました。
私のために、どもったら、一緒に声を出しながら助けてくれました。
私のために、毎回、毎回、行を増やしながら、国語の教科書を読ませました。

涙が出るほど、嬉しかった。
どもるとわかっていても、教科書を読ませる先生が嬉しかった。
自分を吃音者として特別扱いしない先生の態度が嬉しかった。
普通の生徒と同じようにどもりながらも国語の教科書を読める自分が嬉しかった。

自分の居場所がそこにありました。
自分の存在を認めてくれる場所がそこにありました。
小学校では手はあげませんでしたが、
塾では積極的に手をあげて教科書を読んでいました。

教科書を読める自分が嬉しくて、どもりながら、一生懸命に読みました。
そんな私を、塾の友達、全員、誰も笑ったことはありませんでした。

本当の教育ってそういうことだと思うのです。
特別扱いすることだけが、教育じゃない。
手を差し伸べながら、その子を伸ばすことが教育だと思う。
先生に限らず、親も同じだと思う。

045_私の吃音人生(その1)

小学校の頃、読書コンクールというのがありました。
全校生徒の前で、読書した内容を読めというものでした。
行きたくない私に親は行けと言いました。
その人の気持ちになってみないとわからないだろ!と泣きながら懇願しました。

それでも、親は私に学校に行けという。
理由を聞いても、理由は応えずに行けという。
歯をぐっとくいしばって行けという。
それに対して、反抗する私。

今、わかるような気がするのです。
親は、私を特別扱いしたくなかったのだと思う。
今、この子(私)を特別扱いして、学校に行かなくてもいいと言ったら
私が甘えてしまい、私の将来が駄目になると思ったのだと思う。

もし、私に子供が産まれて、私の子供がどもりになったとしても、
私は、自分の親と同じように、特別扱いはしないと思う。それが本当の愛だと思う。
塾の国語の先生が、私が国語の教科書を読めないとわかっていても、
私に国語の教科書を読ませたように・・・私に勇気を与えたように。

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コメント

私も小さな丸さんと同じです。
どうしてもどうしても健常者と同じ土俵にいたいのです。同じでいないと、だめになりそうな自分がいます。
学生の時、スピーチクリニックにしばらく通いました。まじめないい人ばかりでした。みんなと一緒に練習したけれど、どうしても違和感がありました。吃音者のなかだと吃音がでなくて練習になりません。
空気がなじめないのです。
大学のカウンセラーの先生と言友会にも行きました。
けれどやっぱり何かが違う・・。
今、吃音者の人たちに会えない私がいます。
一歩を踏み出せないわけではないのです。
会って思いのたけを話しても、今の私の吃音がいい方向へ行くとは想像できないのです。

仕事では発表や会議での発言もそのうち求められるでしょう。それに備えて練習しなきゃと思いますが、
しかるべき所へ赴き練習する気にもなれず・・・。

半年前、職場で電話がとれず最悪の事態に陥ったとき
一人の同僚は私のデスクにカウンセラーの名刺を置きました。もう一人は私より電話のそばに席を移動して
「今日はここで仕事しますから~。電話も私、でますよ~」と言ってくれました。
それでもかまわず電話をとり続けた私・・・。
「もう電話に出ないで下さい」と言われるまであきらめませんでした。
こんな不調が何ヶ月も続いたのに、何も言わずに見守ってくれた同僚に私は頭が下がりました。

「吃音と向き合わなきゃ」
20年ぶりにそう思いました。

まさきさんのカミングアウトにも私は反対です。
最初から白旗はふらないほうがいいです。

「会社に迷惑がかかる」「会社をやめさせられたら困る」そう思うなら、命がけでやってください。

吃音では死なないので大丈夫です。
もちろん恥ずかしくても死にません。

頑張って、頑張って周囲の人が「もう頑張らなくて
いいよ」と言ってくれたとき、初めてカミングアウト
すればいいと思います。

社会はきびしいと考えておいたほうがいいです。

甘えない姿勢には周りもきっと応援してくれるはずです。

吃音を周囲に忘れさせるような、太い太い芯を持った
社会人になって、いい仕事をして下さいね!
応援してます!!!

投稿: ひまわり | 2008年10月15日 (水) 05時07分

ふとカウンタ-を見ると一万を突破していましたね。
 おめでとうございます。

 これだけの人たちが見てくれているという事は、
それだけ、必要とされていると考えてよい、と思います。
 欲を言えば、それらの人たちが、たとえ一行でいい、感想を書いてもらえれば、小さな丸さんの
さらなる励みにもなると思うんですが、ね。

投稿: SHU | 2008年10月16日 (木) 06時49分

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吃音では死なないので大丈夫です。
もちろん恥ずかしくても死にません。

頑張って、頑張って周囲の人が「もう頑張らなくて
いいよ」と言ってくれたとき、初めてカミングアウト
すればいいと思います。

社会はきびしいと考えておいたほうがいいです。

甘えない姿勢には周りもきっと応援してくれるはずです。
------------------------------------------

以前、他のサイトでお世話になった とうもろこしと申します。

上の文章に、心から共感しています!

どもって、あんなに恥ずかしかったのに
死ななかった。
人前で裸にされたくらい恥ずかしくて情けなかったのに、
数日たっても なんとかやっていました。

職場の人に初めて優しくされたとき、弱音を吐けました。

甘えない姿勢、そして負けない自分、時々負ける自分。。
この繰り返しなんだと思っています。。

投稿: とうもろこし | 2008年10月18日 (土) 07時51分

皆さんの意見にとても共感しています!

社会は厳しいです。

僕も最初から白旗はふらないほうがいいと思います。

「すべてが逃げ腰」になってしまうと思うからです。


僕はある日上司からストップがかかり、カミングアウトする結果になりました。

しかし何年も歯を食いしばった自分が、今の自分の「小さな自信」になっていると思えます。


ときには心折れても、挑戦する心は常にもっていたいですね。
(↑自分に言っています..)

投稿: がじゅまる | 2008年10月18日 (土) 19時28分

何度も書きますが、私は今年、還暦の60才。

 数十年前、私は地元の消防団にいました。
そこで、年下で吃音の青年がいる事に気付きました。
 小さい組織なのですが、彼とは一度も話した事がありませんでした。

 そして、ある日、彼が死んだという事が私の元に
もたらされました。
 農家で畑に居て、日射病で亡くなったのです。
 彼には、奥さんと生まれたばかりの赤ちゃんがいました。

 この事をさかいに、私は生きているという事に感謝しなければ、と思うようになりました。
 後輩の彼は、死によって吃音からは解放された、しかし自分は未だ、吃音者である。
 でも自分は、生かされている自分を感謝しなければ、と思っています。

 

 

投稿: SHU | 2008年10月18日 (土) 20時02分

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