272_割り切る
今日は、「心配事」について書きたいと思います。
アメリカの大学が「心配事」について調査しました。
その結果、心配事の80%が実際には起こらずに済んでいることがわかりました。
更に、この大学は、残りの20%について調査を行いました。
すると、頭の中で順序立てて整理しておけば、
この20%に対する80%が実際には起こらずに済んでいることがわかりました。
ということは・・・
私達が考えている心配事は、実は全体の4%しか起きていないことになります。
言い方を変えますと、
今、私達が悩んでいる96%は取り越し苦労(クロー:96)になります。
#ここ・・・笑うとこです。(・・;)
私自身、吃音で大変苦しみましたが、
実際には、取り越し苦労(クロー:96%)が沢山ありました。
もう、未来のことばかり考えて不安になるのは止めても良いと思うのです。
実は、私、大学の頃、卒業論文を発表したことがあるのですが、
その時は、大変、どもってしまいましたが、今となれば、
何をどもったのか?誰に対してどもってしまったのか覚えていないです。
未来ってそういうものだと思うのです。
皆さん、10年前にどもった内容やどもってしまった人のこと覚えています?
もし、覚えていないのであれば、今日、どもってしまったことは、
10年後は忘れていることになると思います。
もう少し、言い方を変えますと、今の不安って10年後も大切なことでしょうか?
その時は、大切かも知れませんが、
今となっては、人生を左右するほど大切なことではないと思うのです。
ね・・・?
その時は、もう駄目だ~と思っても、今、生きているじゃないですか?
全然、今、駄目になっていないじゃないですか?
そうやって、私たちは、予期不安を自分達で勝手に作っていると思うのです。
だから、どうにかなる!と割り切って、生きることが大切だと思うのです。
その方が幸せな幸せ人生を送れると思うのです。
私は、苦労を割り切ると幸せになれると思うのです。
だって
96%(苦労)÷2(割り切る)=48%(しあわせ:幸せ)
だから。
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コメント
こんばんは。
しっかりと笑うところで笑いましたよ♪
いえ、微笑みました♪
割り切る事って本当に大事だと思います。
私もなかなか割り切れず、毎朝起きるたびに不安を感じながら仕事に向ってます。
でもですね、親しい友人と会う時はまったく不安を感じないのです。それどころか、通常よりかなり饒舌になっているのです。これって親しい友人の前だから吃りがでても気にしない自分がいる、つまり割り切ってるってことかなって思います。
親友には「おはよう」「ありがとう」「もしもし」等々大概の言葉は予期不安なく言えます。
職場では「おはよう」言えません…「ありがとう」言えません…「もしもし」言えません…
でもいつか割り切れるようになって職場でも堂々としていられるようになりたいものです。
投稿: ぼばん | 2009年3月26日 (木) 21時02分
ご無沙汰しております。(^^)
>こんばんは。
>しっかりと笑うところで笑いましたよ♪
>いえ、微笑みました♪
有難うございます(^▼^)
>割り切る事って本当に大事だと思います。
>私もなかなか割り切れず、毎朝起きるたびに不安を感じながら仕事に向ってます。
私も同じでした。
毎朝不安であり、職場でも不安の毎日でした。
苦しくて、苦しくて、休憩時間が待ち遠しく
一日が大変長く感じました。
お気持ち大変わかります。
>でもですね、親しい友人と会う時はまったく不安を感じないのです。
>それどころか、通常よりかなり饒舌になっているのです。
>これって親しい友人の前だから吃りがでても気にしない自分がいる、つまり割り切ってるってことかなって思います。
私も不思議なことに、学生の頃の友人や同期達と話す時は不安を感じませんでした。
>親友には「おはよう」「ありがとう」「もしもし」等々大概の言葉は予期不安なく言えます。
>職場では「おはよう」言えません…「ありがとう」言えません…「もしもし」言えません…
>でもいつか割り切れるようになって職場でも堂々としていられるようになりたいものです。
私も同じでした。
難しいです、本当に吃音は難しいです。
割り切りることが出来ればどんなに楽なことか。
簡単に割り切ることが出来れば、吃音者は悩まないことでしょう。
でも、人間の心はそんなに単純なものではありませんし、だからこそ、人間らしいと思うのです。
割り切りましょうと書きながら矛盾しておりますが、
その人間らしい自分をどれだけ受け止めることが出来るかということかのような気がします。
#これも非常に難しいことですが・・・
話は反れますが、私の電話克服を追記させて頂きます。
私は、人前で話せるようになりましたが、目に見えない相手である電話は最後まで苦しみました。
はいが言えない・・・自社名が出てこない・・・
ところが・・・携帯電話はどもりませんでした。
携帯電話には、誰からの電話か表示されるため、表示されない会社の電話対応よりは、多少なりとも安心します。
ここに疑問を感じ、明日の13時に電話しますね!とメール等で顧客に事前に連絡したり、前日に会って告げてておいてから、電話すると、昨日、確認したから、その人が出る可能性が高いという安心感があり、多少、どもりませんでした。
それを何度も繰りかえり、安心感を高めました。
今では、電話が鳴ると、きっと、この人からだ!推測することが出来、相手の顔を頭の中でイメージし、どもならくなりました。
うまく表現出来なくて、申し訳ございません。
でも、ぼばんさんも、友人の方に対して、予期不安を感じないのであれば、他の人に対して、このように、予期不安を感じないように出来ると思うのです。
何処かで、潜在意識が邪魔しているのだと思います。
いろいろ、私も考えてみます。
今後とも宜しくお願いします
投稿: 小さな丸 | 2009年3月28日 (土) 00時49分