284_いかだ
何かが変わると思いましたが、何も変わりませんでした。
会社の元後輩 K君
今日は、昨年、鬱病で退職した後輩のK君に会いました。
退職してから、四国八十八箇所を巡っていたとのことでした。
昔、K君にNHKで録画した下記のDVDを貸したことがあり、
自分も巡礼することにより、何か変わるかもしれないと考えたそうです。
■NHKドラマ:ウォカーズ(迷子の大人たち)
http://www.nhk.or.jp/drama/archives/walkers/
K:ウォーカーズを見てから、巡礼に興味を持ち、自分も行ってきました。
私:どうだった?
K:巡礼に行く前は、ドラマのように、何かがかわると思っていました。
自分がどのように変わっていくのかを残すために、
日記帳、デジカメ、ビデオカメラ、ガイドブック等をリュックに沢山詰めました。
私:なるほど
K:大変ってものじゃないですよ!リュックが重たくて大変でした(笑)
私:1400kmも歩くからね、重くて疲れるだろうね
K:途中で、リュックの中身を全て宅急便で自宅に送り返しました。
私:なるほど
K:そうしたら、歩くことが楽になりました。だって、着替えとお金だけですから(笑)
私:バナナやリンゴ等の食べ物も途中でくれるからね
K:そして、気が付きました。
余計なものを背負うから歩くのが辛くなるんだ。
今までの自分の人生も同じであることに気が付きました。
お金や出世やプライドなんてくだらないものを、
背負って生きてきたことに気が付きました。
だから、自分は鬱病になりました。
何かが変わると思いましたが、何も変わりませんでした。
しかし、今回、自分は、大切なことを知ることが出来ました。
と・・・K君とお酒を久々に飲みながら、四国八十八箇所の話を聞きました。
K君の話を聞いて、阿含経の「筏(いかだ)のたとえ」を思い出しました。
*阿含経:初期仏教の経典
筏(いかだ)のたとえ
ある男が旅をしていて大きな河にさしかかった。
船も橋もなく、向こう岸にも渡ることが出来ない。
困った彼は思案し、苦心しました。
そして、木の枝などを集めて組み合わせ筏(いかだ)を作り、河に浮かべました。
なんと、容易に向こう岸に辿り着くことが出来るではありませんか!?
そして、この男は、筏が便利で重宝であることを知り
こんな便利なものは常に側に備えておく必要がある!
と思いました。
それから、ずっと陸地に歩くにも筏を担いで行くようになりました。
私は、この話を読んだ時、
筏は河に浮かべてこそ役に立つのに、
陸地を担いで歩くとは愚かな男の人だなと思いました。
しかし、人間は、いったん自分にとって役立ったり大切であったりするものは
決して離すまいとし、そのものの本来の機能すら忘れ、余計な背負い込みをする。
すなわち、これは、執着心であり、自分にも当てはまることに気が付きました。
#吃音に対する執着心もある意味、同じと考えています。
私は、今まで、
子供のころは勉強が出来た、一流大学の出身だ
などの過去に思いを馳せ、懐かしみ、過去への執着心がありました。
人が生きることは、それ自身が進歩であり、充実した人生を生きるには
過去にすがりつくことなく、固定概念や既成概念を無くし、
常に新鮮な学びや出会いを得ることが出来、これが人生の醍醐味
であるように思えるようになりました。
過去はもうなく、明日はまだない。
この今を如何に生きるか!?
今日は残りの人生の最初の日
という言葉があります。
この言葉を、いつも大切に生きていこうと日々考えています。
PS:K君へ
何かが変わると思いましたが、何も変わりませんでした。
と君は言うけれど、全然、君は変わったよ。
だって、今日、ずっと、僕に、笑いながら話かけてくれたじゃん!
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