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2009年4月 7日 (火)

285_いろは歌

色は匂へど散りぬるを わが世たれぞ常ならむ
有為の奥山今日越えて 浅き夢みじ酔ひもせず

弘法大師・空海


今日は、遠回りしてライトアップされた桜道を通りながら帰宅してみました。
散り行く桜を見ながら空海の「いろは歌」を口ずさんでみました。

■いろは歌
色は匂へど散りぬるを わが世たれぞ常ならむ
有為の奥山今日越えて 浅き夢みじ酔ひもせず

現代語訳:
花は色美しく心地良い香りを漂せながら咲き誇るけれども
やがて散っていく定めであり、
この世に誰が永遠に生き残ることが出来るだろうか
有為(人間の迷いや愚かさ)から目覚めて悟ってみると
もはや愚かな思いに心を迷わすことがない

うつろな浅き夢に惑わされない人生観が確立されれば
充実した堂々の人生を闊歩出来るだろうが、
いつも浅墓な幻想を追い、人は迷いを深めて生きている。

人は、他の人と同じでありたちと願う反面、
他の人とは同じでありたくないと思う二面性をもっている
自分が貧しい時は、他人のように豊かになりたいと思い、
豊かになると、個性を求めて差別化を図るようになる。

他の人と差をつけようと心の根底にあるのが虚栄心であり、
この虚栄心こそ、空海が詠んだ「浅き夢」ではなかろうか

284_いかだ

虚栄心なんてものは、二度とない自己の人生をこう生きたいという
人生観が確立出来ないことによる自信の無さから生じるのであって
お金、地位、名誉、快楽、装飾などの外観的な価値で、自己を被い
自己を欺いてしまうのであろう

それは、他人からの確認を必要としていることであり、他人の評価が
気になる愚かな生き方であって、いろは歌における
浅き夢みじ酔ひもせつは、自己の人生観を確立して、それに沿って
他人の評価などを気にしないで堂々と自分らしい人生を歩みなさい
と空海は言いたかったではなかろうか
#吃音について同じことが言えるのかもしれない

このような人生観を、多くの人に親しみやすい七五調の歌として
詠んだ空海は凄いなと思う一方、散りゆく桜がはかなくて切なく思えました。
同じように、はかない人生であるからこそ、その中から学び得て、
自分の器を大きくしていきながら、人生を歩んでいきたいと思いました。

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